Epistemicia by Banma!!

バンマのブログ。

書評20200807:パチンコ(ミン・ジン・リー)

シンガポールや香港に住んでから『移民』という概念について考えるようになった。

出会う現地の人々は、いずれも何世代か前に中国大陸から移民してきた移民の子孫だったから。

香港の移民事情については星野博美著『転がる香港に苔は生えない』が最も読みやすいと思う。

もう15年近く前に出版された本だけど、いまだに2、3ヵ月に一度読み返す。

 

そもそも、明確に僕と彼らの世界に違いがあると思ったのは『移民する』という動詞の用法について。

日本語では『移住する』とは言っても『移民する』という動詞はなかなか使わない。

使うとしたら、『(他国民が日本に)移民してくる』という受動的な用法が多いだろう。

中国語では『兄はアメリカに移民した』というようなニュアンスで動詞として一般的に使用される。

『移民』には『移住』にはない強い意志が伴った一方通行のニュアンスがある。

それに、『移民』という行動には前向きな希望だけが込められているわけではない。

移民を考えるということは、もし新しい土地で水が合わなかったら戻ろう…といった甘えを持てる状況ではないということだ。

韓国のドラマを観ていて、韓国語でも『移民する』という動詞が使われることを学んだ。

よく考えれば、僕が中学生の時の一番の親友は在日韓国人だった。

あの頃、親しくしていた子こそ移民の子孫だった。

 

その子は、名前こそ韓国人だったが日本育ちで、韓国語もほぼできなかった。

日本で暮らしていると、名前の所為で外国人扱いされることが多いが、韓国に行ってみても在日韓国人は同胞としてではなく日本人として扱われる、と複合的なアイデンティティについて話していた記憶がある。

在日韓国人2世のお母さんは優しいけれど厳しい部分もかなり多く、親の期待に応えるためにその子は国立大学に入学し、一流企業に入社した。

その子のお父さんは自営業で様々な仕事をしており、いつも忙しそうにしていた記憶がある。

それでもずっと、この歳になって話しても、その子はいろいろな意味で『自分』について考えている面が強かったと思う。

 

韓国系アメリカ人であるミン・ジン・リーによって書かれた(そのため原著は洋書)『パチンコ』は戦時中から戦後にかけて日本に移民してきた在日韓国人4世分の人生の物語。

釜山にある小さな島、影島(ヨンド)で生まれたヤンジン。

大阪に移民したヤンジンの娘、ソンジャ。

日本で戦時中、戦後を過ごしたソンジャの息子、ノアとモーザス。

横浜で育つモーザスの息子、ソロモン。

 

朝鮮が日本の統治下にあった1910年代、女ばかり生まれた貧しい家の四女として生まれ、障害のあるフニと結婚せざるを得なかったヤンジンの一生。

意図せずして既婚の男ハンスの子を身ごもってしまい、子どもの人生を憂い大阪に移民したソンジャの人生。

牧師として日本に移民し投獄されたソンジャの夫イサク。

在日韓国人が生きる道のひとつとして学歴が大切だと説かれ早稲田大学に進学したノア。

荒くれものとして育ち、唯一在日韓国人が偏見なく働き、成功できる環境としてパチンコの世界を選んだモーザス。

成功したモーザスの元に生まれ、何一つ不自由なく育ったソロモン。

 

4代記となり、長そうに思えるけどいろいろな事象がとにかくサクサク進むのであんまり長さを感じさせない。

ストーリラインが朝ドラ的というか、全体的に『おしん』っぽさがある。

何か驚きのどんでん返しや恐ろしいほどのドラマティックな展開があるわけではない。

新しい環境で、逆境の中でただただ強く生きていく人々。

自身のアイデンティについて悩むその子孫たち。

 

解説でも書かれているが、原著がアメリカでベストセラーになった理由はよくわかる。

アメリカも移民国家だからだ。

今、アメリカで生きている人の多くがソンジャのように、ノアとモーザスのように、ソロモンのように移民1世、2世、3世として苦労やアイデンティを抱えながら生きているから。

そういう意味では日本だと共感されにくく、要素も多いため散漫な印象を受ける部分も多いと思う。

日本人が『移民する』という言葉を使わないのは、日本が比較的安全で、比較的経済的安定があり、自由がありそれでいて日本人に最適化された国家だからだ。

移住するとしても終の棲家は日本が良いという人も多いと思う。

それでも、いつか多くの日本人が『移民する』ことを検討する未来が来るかもしれない。

その時のために、読むと良い一冊だと感じた。

 

表題の『パチンコ』は主に物語の中盤から登場する。

戦後の日本で仕事にありつけない在日韓国人が成功するための唯一の手段として物語に食い込む。

ただ、移民のそのギャンブル性そのもののモチーフとして『パチンコ』は表題に選ばれたのだと思う。

移民国家である香港の人々がギャンブル好きだ、というエピソードが『転がる香港に苔は生えない』にもある。

行ったその先で幸せになれるかはわからない。

事実、移民の末に不幸になった人についても描かれているし、逆に祖国である韓国あるいは北朝鮮に帰国して不幸になった人についても描写がある。

それでも、移民するその先に少しでも希望を持たなければ生きていけない人々の生きざまに胸を打たれた。

 

 

 

英語読める人は英語版がkindleで100円とかで買えます(2020年8月7日現在)。

僕は日本語で読みましたが、日本語の感じ的にすごく英文のレベルが高い!とかではないような気がするのでチャレンジしてみたい方にもおすすめかも。

安いし英語版も買っちゃったのでゆっくり再読します。